コンタクト

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自己紹介文

性別:男
血液型:B型
星座:さそり座
地域:東京都
家族構成:ヨメ&ムスメ(2歳)
職業:フリーランス

[野球編]

小学校の時、巨人ファンと喧嘩して、何となく阪神ファンとなる。その後、地域の慣例で少年野球に参加するが、「打てない・獲れない・投げれない」私は、使われる事は無かった。(そういえば、教えられた事も無かったな(怒))。しばらくして、父母参観試合にて、お情けで代走に起用されたが、頭が真っ白になり、サインも出てないのに盗塁してOUT。激怒した監督は、期間満了まで、チャンスも与えず、そのまま干してオワリ。これで野球嫌いになり、中学では美術部や陸上部と、野球とは関係ない部活生活を送る。その後、高校を卒業して関西(阪神尼崎)に住んでいた私は、85年の阪神日本一を現場で体験し、虎キチに変貌。だが、そのうちに関東へ転勤となったことと、阪神の長い低迷と覇気の無い選手達をみるにつけ、野球には興味を失う。数年後、阪神監督にノムさんが電撃就任。あまりの意外さに、「どんな人?どんな監督?」と興味が沸き、古本屋などで著書を漁るようになる。そのうちに、ノムさん自身と彼が語る「野球の奥深さ」「シンキングベースボール」に見入られ、虜に。同じ時期、ネットでもデビューして、阪神公式ページに毎日の様に出入りし、ノムラ信者として(笑)、アンチ派との激論を交わしたり、手塚一志氏の本で体の使い方を学び、アマ野球選手の吟味(ドラフト)に興味を持っていった。そんな折、雑誌「野球小僧」公式HPにて、野球日記を募集している事を知り、勢いで応募。2000年12月14日(木)に採用され、野球日記をスタートさせた。(この時は、野球小僧編集部が企画したイチロー取材ノートの飲み会に参加させて貰ったり、阪神公式ページのオフ会に参加したりと。。。いやぁ、楽しかったです(遠い目))。そのうち、公私ともども忙しくなり、野村監督辞任ということもあり、日記も辞め、一線(笑)からは退くが、新しく星野監督にノムさんとは別の意味で感服し、また活動再開。優勝年の春のキャンプには、わざわざ宜野座村まで行くという盛り上がりぶりで、その年の優勝を堪能した。が、岡田監督に変り、一時期の熱も冷め、今はのんびりと、フラフラしながら、野球?日記を書いている毎日です。

[音楽編]

幼少の頃、兄が聞いていた影響でビートルズを始めとする洋楽は、なんとなく知ってはいたが、実際にのめり込んだのは、太田裕美。初期の物悲しい曲調の数々と舌足らずな声のアンマッチにドップリ(ませガキ)。その後は順調に、松田聖子や中森明菜を始めとする女性アイドルや歌謡曲を、普通に聞いていく。

そんなミーハーな日々を送っていた、ある日、中学のクラスメイトに薦められて聞いた、YMOに、衝撃を受ける。一度、ハマると掘り下げてしまう性格上、YMO全作品は勿論の事、メンバーである坂本龍一、細野晴臣、高橋幸広が参加してきたグループや、作曲、プロデュースしてきたもの、また、坂本龍一が当時出演していたNHK-FMで紹介していたもの、クラフトワークを始めとする海外のテクノ全般、また輸入盤を扱う店で裏に「Synthesizer」と書いてある訳わからんアーティストを可能な限り、片っ端から聞きまくる。(なお、矢野顕子は小学生時代に「若いこだま」というNHKラジオを聞いていたので知っていた)。この時、金持ちの友達がシンセサイザーとミキサーを購入して遊んでいるのを見て、「俺にもできそう」と思い、お年玉でヤマハのポータサウンドを購入し、お古のラジカセを2台使用して多重録音を始める。(なお、まともな音楽は、ど素人の私には無理があったので、作ったものは、良く言えば、全てアバンギャルド(笑)。要は音で遊べれば楽しかった)。その後、お金を貯めて、今度は本物のシンセサイザー、KORG の MS-20 を購入。しかし、操作や回路のパッチワークが難しく使いこなせず。現在も眠ったまま。(もったいない)

この頃は、テクノというか「機械音しか受け付けません」という状態だったが、ブラスチックス、Japan、フライングリザーズ等を聞くうち、少しずつ生音(笑)にも理解を示すようになり、丁度、その時、イギリスにて発生した「ニューロマンティック」なるムーブメントにハマる。(VISAGE、ウルトラボックス、デュランデュラン、クラシックスヌボォー、スパンダーバレーとか)。また、この頃は、ビルボードやイギリスのチャートも過渡期で面白く、シンディローパーやライオネルリッチーなどの普通の曲(笑)もたくさん聴くが、我慢できず、イギリスを主流とした「ポジティブ・パンク」というジャンルを聞き始めることに。(特にハマッタのは、スージー&ザ・バンシーズ、セックスギャングチルドレン、クリスチャン・デスとか)。また、その流れで、ディスチャージなどのハードコアパンクや、セックスピストルズやニューヨークドールズなどの初期のパンクにも手を染めていった。同時に、ツレにヘビメタをガンガン聴かされ少し感化される。特にキタァーのが、AC/DC。(もう、アンガスヤング最高!!ボーカルは故ボン・スコットの方が好き)
と、まぁ、そんな感じで過ごしていたら、当然、できる友達は、パンクスかヘビメタのバンド野郎。さすがにヘビメタは無理と思いましたが、「パンクなら弾けそう?」と思い、初めてギターを手に。(楽器屋オリジナルの安いやつ)。ちなみに、この時、20歳すぎ?

この様に、どんどんと深く熱くなっていった音楽ライフだったが、「就職」、そして「関東への転勤」といった状況の変化に、趣味を楽しむ余裕も無くなり、いつしか音楽から離れていく事に。それから数年後、ふと、また音楽でもと思ったが、過去に聞いたジャンルにのめり込む若さも既に無く(笑)、今の自分に合った音楽とは何だろう、と暗中模索の日々が始まる。とりあえず、昔、富田勲やスイッチトオンバッハ等のシンセ版とか、響きが好きだったパイプオルガン等で聞いていた、クラシック。だが結論は「誰がやっても同じ。演奏者の個性が感じられない。これは作曲家の音楽だ」。その頃、流行っていたフュージョン「上手いのは判るし、BGMとしては良いが、のめり込めない」。プログレ・ヘビィメタル「様式美?。難しくて判らん。クラシックやフュージョンと同じ」。ジャズ「フリージャズは付いてけない・・・。でも、スタンダードなジャズと、ライブ演奏を見るのは最高。おまけに、”何か”が引っ掛かる・・・」。カントリー「すごく癒されるし、ハマるほどじゃあないけど、なかなか良いね。」と、何となくジャズ・カントリーが気になっていた時、エリッククラプトンの「レイラ」を聞き、大衝撃を受ける。もうここからは、いつもと同じ。クラプトンが関連するものを、デビューから総ざらい。特にジョンメイオール&ブルースブレイカーズのギターには心酔。「ギター最高!」となった私は、初期AC/DCなどのハードロックも、片っ端から聴き始める。そして、このころはバブルでもあり、ロクに弾けもしないのに、Gibsonレスポール、SG、Fenderザ・ストラト、マリンライダーというスピーカー&エフェクタ(コーラス、オーバードライブ)内臓の小型エレキと買い揃え、会社の連中と、下手なりにスタジオに入って楽しんだりする。(特に、チョーキングビブラートには、弾くのも聞くのも、並々ならぬコダワリを持つ)

クラプトンと言えば、ブルース。しばらくして、当然ながら、色々な黒人ブルース・アーティストを聞いてみる。そんな折、BBキングが日比谷野音に来るというので、見に。。。久々の、「キタァァァーーーー!!!」。これだけ鳥肌の立ったライブは、今まで無い。もう、これしかない。これぞ、我が音楽。それからは、3大キングを始めとして、シカゴブルースやカントリーブルース、そしてジャズ・ブルースと、もう大変。そう、ジャズやカントリーで何か引っ掛かっていたのは、これだった。全ては”ブルース”が派生していたのだった。しばらくして、クラプトンのTears in Hevenが発表され、アコギが弾きたくなった私は、会社の先輩がもっていたギターを借り、後に譲り受ける。これが、昔の日記でも書いたが、幻のギター、HeadwayのHJ-910(Dove)だった・・・。

しかし、そのうちに、忙しさと野球の方にのめり込んだこともあって、またもや音楽からやや離れたが、そろそろ復活しそうな今日このごろ・・・。

そんな折、加入していたケーブルTVをデジタル化した所、MUSIC AIRという、「大人の音楽専門TV」をモットーとしたチャンネルを発見。貴重でマニアックな映像を放送しているので、ちょくちょく見始め、また音楽への関心が高まって来た。

ある日、たまたまチャンネルをつけると、「大人のアコースティックギター専科」という番組が放送され、その内容に衝撃を受ける。

今まで、アコギは持っていたものの、音楽の素養が無い私は、TAB譜を見て一つ一つの抑え方を解析してコピーするのも凄く時間がかかるので、やる気がおきなかった。しかし、ここで放送されていた内容は、アコギを引く上でとても基礎的で美味しいフレーズの数々。おまけに講師の野村大輔氏の語りが、とても爽やかでわかり易い。「これなら俺でも練習できる!」と思い立ったら吉日。もう、そこからは、アコギを触る日々が始まった。

また、この番組で、自分の様な初心者は映像付きの教則ものの方が遥かにわかり易いということに気づき、末原康志氏のアコギ塾THE基本を購入して、指のトレーニングからを始める。また、丁度、この頃、教則DVDのサンプルを見て比較検討していた所、打田十紀夫氏の「ブルース・ギターの常套句・生!」の映像にうちのめされる。「これこそ、自分がやりたい事だった」と気づく。

しかし・・・いかんせん、練習の才能が無い私は、いくら自己流でやっても、もう上達できないと判断し、40歳にして一発奮起!私にアコギを持たせてくれた番組の講師、野村大輔氏に直接指導を請うべく、彼に個人レッスンを受けたのだった!!!

さて、人前で弾けるようになるのは、いつのことやら。

(そういえば・・・野球もアコギも、のめり込むきっかけは「ノムさん」。不思議だなぁ。)

興味のあること

野球(阪神、MLB、アマ) その他スポーツ(ゴルフ) 音楽(アコギもの、ブルース、ロック、カントリー、テクノ) 読書(ハードボイルド、スパイ/冒険小説、純文学?)